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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2927号 判決 1983年9月29日

原告 紙西トキ

右訴訟代理人弁護士 森田昌昭

右訴訟復代理人弁護士 神部範生

被告 国

右代表者法務大臣 秦野章

右指定代理人 小田秦機

<ほか一〇名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三九一七万七〇五四円及びこれに対する昭和四三年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  紙西規雄(以下「紙西」という。)は、昭和四三年一月一七日現在、航空自衛隊第四航空団第七飛行隊所属の自衛隊員であり、二等空尉であった。

2  紙西は、同日、戦闘要員訓練の第一回目の空中戦闘訓練のため、F八六Fジェット戦闘機七二―七七三〇号(以下「事故機」という。)に搭乗し、右訓練実施中、一四時頃雲中に突入し、そのまま山形県最上郡最上町富沢字大森国有林に墜落し、そのショックにより死亡した(以下「本件事故」という。)。

空中戦闘訓練は、編隊長機と紙西の搭乗した事故機とで行なわれた。当初、事故機が編隊長機に突進して攻撃したが、その攻撃操作が不適切であったため、編隊長機は、それでは攻撃成果がないことを指摘するとともに、その範を示すため、事故機の後方にまわり攻撃しようとした。このため、事故機は、編隊長機からの攻撃を必死に逃れようとしてロールを行なった後、急降下を実施し、編隊長機も事故機を追尾しながら急降下を実施した。ところが、急降下した下方に雲があったため、事故機は雲中に突入し、本件事故が発生した。

3  本件事故は、次のとおり、被告が紙西に対する安全配慮義務の履行を怠ったことにより発生したものであり、被告は、本件事故によって、紙西及び原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(一) 紙西が本件事故当日に実施した空中戦闘訓練は、紙西が第四航空団に着任して以来約四か月後にして初めてのことであったから、被告は、航空総隊及び第四航空団で定めた戦闘要員地上訓練基準に従い、地上訓練計画をたてて、これを実施すべきであった。

しかるに、被告は、紙西が第四航空団着任以前に空中戦闘訓練を受けていたから、空中戦闘に関する地上訓練を実施する必要がないものと軽信してこれを実施しなかった。被告が、地上訓練において、空中戦闘に関する訓練を実施していたならば、紙西が横転急降下を実施することもなく、また、雲中に突入することもなく、さらに、雲中に突入しても雲中から上方に容易に脱出することができ、本件事故の発生には至らなかったというべきである。

(二) さらに、本件事故当日の空中戦闘訓練は第四航空団での最初のものであったから、訓練実施に先立ち実施されるブリーフィングにおいて、横転急降下は、雲上で、しかも雲中に突入することとなるような位置から実施してはならないこと、やむを得ず、雲中に突入した場合の措置、訓練を中止すべき場合、訓練空域における気象その他空中戦闘訓練の内容及び訓練における注意事項について充分に時間をかけてブリーフィングを実施すべきであった。

しかるに、被告は、右のような事項についてブリーフィングを実施しないか、又はこれを充分になさず、そのため本件事故を発生させたのである。

(三) 編隊長は、訓練の実施に先立ち、訓練空域の気象状況に注意し、訓練中も、雲頂と事故機との距離に留意し、事故機が雲中に突入する危険があるか否かについて充分に注意を払い、雲中に突入する危険がある場合は、直ちに訓練を中止するなどの措置をとるべき義務があった。

しかるに、編隊長は、訓練の実施に先立ち、訓練空域の気象状況を充分に調査せず、単に冬季における気象状況であって訓練に支障はないものと軽信し、特に、雲頂雲底がいくらであるか調査しなかった。また、編隊長は、訓練開始時から時間の経過とともに事故機の飛行高度が低くなり、雲頂に近づき、そのため事故機が雲中に突入する危険が生じたにもかかわらず、漫然と訓練を続行した。以上のような編隊長の指導監督の不適切により本件事故は発生したものである。

(四) 編隊長は、事故機が横転急降下を実施した際、紙西は第四航空団着任以来初めての空中戦闘訓練であり、事故機が雲に近づいて雲中に突入する危険があったのであるから、紙西に対し、雲に入ることのないよう注意を与え、戦闘訓練中止を指示すべきであった。また、事故機が雲中に突入した後は、機体の引き上げ及び高度を下げないように具体的な指示を迅速、的確になすべきであった。

しかるに、編隊長は、これらの指示を適切に行なわず、よって、本件事故を発生させた。

(五) 被告は、当裁判所が提出を命じた本件事故にかかる事故調査報告書を提出していない。

本件事故が、以上のような被告の安全配慮義務違反により発生したものであることは、同報告書の副因欄及び事故防止に関する意見欄に記載されているものと考えられる。右事項が同報告書に記載されていないとすれば、被告はこれを提出してその旨立証すべきであり、提出を拒否するのであれば、民事訴訟法三一六条により、原告の主張が真実と認められるべきである。

4  損害

(一) 逸失利益

(1) 紙西は、昭和三九年三月、防衛大学校を卒業と同時に航空自衛隊幹部候補生となり、本件事故当時は満二六歳(昭和一六年一〇月二五日生)であった。

紙西は、本件事故当時、別表第一の昭和四三年最初欄記載の所得を得ており、本件事故がなければさらに平均余命の範囲内で少なくとも二等空佐以下の自衛官の定年である満五〇歳(昭和六六年一〇月二五日)に達するまで二三年九か月にわたって勤務し、同表各年別のとおり昇給した金額をそれぞれ取得し、定年時には別表第三記載のとおり退職金を得たはずである。

(2) 紙西は定年後は、少なくとも一〇人以上九九人までを雇用する規模の会社に再就職し、満六七歳まで一七年間にわたって就労し、その間別表第二記載のとおりの所得を得たはずである。

(3) 紙西の生活費として右所得(但し、退職金を除く。)の五〇パーセントを控除し、右期間中各年間の逸失利益の総額の現価を年五分の割合による中間利息控除のライプニッツ式計算法により算出すると、別表第四記載のとおり合計三七四二万五七一三円となる。

(二) 慰藉料

本件事故死による紙西の精神的苦痛に対する慰藉料は三〇〇万円が相当である。

(三) 原告は、紙西の相続人として、紙西の有する右損害賠償請求権を相続した。

(四) 紙西の葬祭費は、二〇万円が相当である。

(五) 損害の填補

(1) 国家公務員災害補償法による一時金     二四一万三〇〇〇円

(2) 葬祭補償金  一四万四七八〇円

(3) 特別弔慰金     一五〇万円

(4) 退職手当金  三九万〇八七九円

(六) 弁護士費用

被告は、(一)ないし(四)の金員を任意に支払わないので、原告は、原告訴訟代理人に本訴提起を委任し、三〇〇万円を報酬として支払う旨約した。

5  よって、原告は、被告に対し、安全配慮義務違反による損害賠償請求権に基づき、三九一七万七〇五四円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四三年一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、編隊長機が事故機の後方にまわった理由が範を示すためであることは否認し、その余は認める。編隊長機が事故機の後方にまわったのは、空中戦闘状態において、事故機に対し優位の位置につくためである。また、本件事故の発生場所は、正確には山形県最上郡最上町富沢字大森国有林五七林班、紙西の死亡原因は、心臓破裂及び挫傷である。

3  同3は争う。

4  同4のうち、本件事故発生までの紙西の経歴、紙西が本件事故当時原告主張の所得を得ていたこと、原告が紙西の法定相続人であること及び(五)記載の事実は認め、損害の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件事故の概要

(一) 紙西は、昭和四三年一月一七日、第四航空団の訓練計画に基づいて、空中戦闘訓練のため、所定の飛行前ブリーフィング(飛行前に行なう説明指示)を受け、事故機に搭乗し、二機編隊の二番機として、一三時二八分に松島飛行場を離陸し、訓練空域(宮城県玉造郡鳴子町付近上空)に向かった。

(二) 本件事故時の天候は、仙台平野一帯及び太平洋側は晴であったが、平野北部の山岳地帯及び奥羽山脈から西にかけては冬季特有の全曇りで、地上では降雪を伴っており、その雲頂は高度約九〇〇〇フィート程度であった。

(三) 当該編隊は高度約三万四〇〇〇フィートで水平直線飛行に移り、一機対一機の空中戦闘訓練を開始した。事故機は、当初編隊長機に対して左後方に占位したが、その後編隊長機に追尾される結果となり、これを回避するためか高度約一万八〇〇〇フィートないし二万フィート付近で横転して背面姿勢となり、さらに急降下姿勢をとって急激に降下していった。

(四) その後、事故機は垂直降下姿勢から次第に機首を上げつつあったが、約九〇〇〇フィート付近にあった雲頂に達するまでに水平姿勢に移らなかったため、降下角約三〇度ないし四五度の姿勢でそのまま雲中に突入した。

(五) 雲中に入ってからの事故機の行動は不明であるが、編隊長機から二度「雲から出たか。」と質問したところ、事故機は、二度とも「まだ出ません。」と応答したのみでその後消息を絶った。

(六) その後、同年二月一六日、事故機は山形県最上郡最上町富沢字大森国有林五七林班で発見され、紙西も、同月一七日、同所で遺体となって発見された。

2  本件事故の原因

事故機の雲中における状況は不明であるが、事故当時の天候及び墜落現場での機体及びエンジンの状況等からみて事故機の空中分解その他事故機に故障が発生したとは考えられないため、本件事故の原因は、紙西が事故機を雲中に突入させた後雲中からの離脱方法を誤り、事故機を雲の下方へ進行させたため、山中に激突したことによるものと推定される。

3  安全配慮義務違反の主張に対する反論

前記のとおり、本件事故は、紙西が、事故機を著しく降下させ、下方の雲中に突入させたこと及び雲中に突入後事故機を速やかに雲の上方から脱出させなかったことにより発生したものであるが、本件の場合のように有視界飛行により戦闘訓練を行なうにあたっては、機を雲中に突入させるべきでないこと及び雲中に突入後は計器飛行により速やかに雲の上方から脱出すべきことは、操縦士として最も初歩的な心得である。

ところで、紙西は、昭和三九年三月一四日に防衛大学校を卒業後、同月一五日、航空自衛隊幹部候補生学校に入校し、第一初級操縦課程、第二初級操縦課程、基本操縦課程、戦闘機操縦課程(F八六F)を各履修し、昭和四二年九月一四日から正規の航空自衛隊戦闘機パイロットとして実戦部隊である第四航空団に配属されたものであって、ジェット戦闘機の操縦については充分な資格と技量を有しており、有視界飛行のときには雲中に突入しないこと、雲中に突入したときには速やかに雲の上方から脱出すべきことについては、充分に教育訓練されてきたものである。

従って、紙西は、戦闘機の操縦をするにあたり、自らの責任と判断で自らの飛行の安全に留意すべき立場にあったものであり、本件の戦闘訓練においても、自らの責任と判断によって、状況に応じ戦闘機が雲中に突入することを回避し、雲中に突入後は速やかに雲の上方から脱出すべきであって、このことは、編隊長機からの具体的な指示の有無、地上訓練計画又は飛行前ブリーフィングの内容いかんにかかわらず当然のことである。

また、訓練空域の天候は、前記のとおり雲頂約九〇〇〇フィート程度の層雲があったのみで、何ら戦闘訓練に支障はなかった。

以上のとおりであって、本件事故の発生について、原告主張のような安全配慮義務違反の問題は起こりえない。

4  航空事故調査報告書の不提出について

本件事故に関する航空事故調査報告書については、被告に対し提出を命ずる旨の決定がなされたことから、被告は、右報告書の抄本である乙第一六号証を提出した。同号証は、同報告書の抄本ではあるが、これによって同報告書の大半が提出されており、本件事故の原因を解明するうえで必要な部分は全て提出されているといっても過言ではない。不提出部分については、提出しないことについて防衛上の支障を生ずる等の合理的な理由が存するのであり、このような場合は、これらの部分を提出しないことも許されるというべきであって、文書不提出の制裁の規定は適用がないというべきである。

5  損害の主張について

(一) 紙西の逸失利益を算定するについては、原告主張のように二等空佐へ昇任することを前提として計算するべきではなく、また、航空手当についても、四一歳以上の者はジェット戦闘機の操縦配置につくことは稀であり、右以外の配置につくこととなるので、このような場合には航空手当は五〇パーセントに減額されるから、四一歳以降の航空手当は原告主張の半額とされるべきである。

(二) また、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、期限の定めのない債務であって、その履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものであるから、本件損害賠償請求権に対する遅延損害金は、本件訴状の送達を受けた翌日から起算すべきである。

(三) 紙西の操縦の誤りは基本的なものであるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1について

同(一)の事実のうち、紙西が所定の飛行前ブリーフィングを受けたことは否認する。同(三)ないし(五)の事実は知らない。その余の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件事故の原因が、紙西が事故機を雲中に突入させた後、雲中からの離脱方法を誤り、事故機を雲の下方へ進行させたことによるものであることは否認し、その余は知らない。

3  同3ないし5は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故の発生及びその態様については、編隊長機が事故機の後方にまわった理由を除く請求の原因2の事実及び紙西が所定の飛行前ブリーフィングを受けたことを除く被告の主張1(一)の事実、同(二)、(六)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。さらに、《証拠省略》によれば、被告の主張1(三)ないし(五)の各事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

右のような本件事故の態様に加え、《証拠省略》によれば、本件事故については、機体の故障等の他の事故原因を見出すことが困難であると認められることからすると、その究極的な原因はともかくとして、本件事故は、紙西が事故機を雲中に突入させたこと及び雲中に突入後速やかに事故機を雲の上方から脱出させなかったことに起因して発生したものと認められる。原告は、紙西が事故機を雲中に突入させ、雲中に突入後速やかに事故機を雲の上方から脱出させなかったのは、被告が、紙西に対し、予め空中戦闘訓練について地上訓練を行なわず、また、飛行前ブリーフィングにおいて適切な注意をなさず、さらに、空中戦闘訓練に際して、編隊長から適切な指導監督がなされなかったことによるものであり、結局、本件事故は、右のような被告の安全配慮義務違反の行為により発生したものであると主張する。なるほど、被告が、紙西に対し、それぞれの段階で原告主張のような措置をとっておれば、本件事故の発生を防止することができ、又は、その防止にある程度の役割を果たしたであろうと考えられないでもないので、以下、被告が、紙西に対する安全配慮義務の内容として、右のような注意義務を負っていたと解されるか否かについて判断する。

三  まず、被告が紙西に対し、空中戦闘に関する地上訓練を予めなすべき義務(請求の原因3(一))があったか否かについて考える。

ところで、《証拠省略》によれば、本件事故が起きた空中戦闘訓練は、必要な課程を修了して戦闘機の操縦者としての資格及び能力を有するに至った者が、戦闘要員として実戦部隊に配置された際に、この者が、実際に戦闘機の操縦者として航空作戦等の行動をとりうるようにするために実施される戦闘要員訓練(TR訓練)の一環として行なわれるものであること、右戦闘要員訓練の内容については、航空総隊及び各航空団の定めた戦闘要員訓練実施基準があり、各飛行隊では、この基準に従って右訓練を行うものとされており、右基準によると、戦闘要員訓練は、飛行訓練と地上訓練の二種類に分かれ、そのうち、本件事故の起きた空中戦闘訓練は飛行訓練のうちの一課目であり、実際に戦闘機に搭乗して空中戦闘の訓練を行うほか、必要に応じ、学科としても教育訓練されることがあるが、地上訓練の独立した課目として訓練されるわけではないこと、従って、紙西に対しては、本件事故の起きた空中戦闘訓練に先立って、空中戦闘に関する地上訓練は行なわれていないことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実からすると、原告の主張は、被告は紙西に対し、空中戦闘訓練を行う前に、学科としてこれに関する教育訓練をなすべきであったとの趣旨の主張と解される。

しかし、《証拠省略》によれば、紙西は、昭和三九年三月に防衛大学校を卒業後、約三年半にわたって被告の主張3記載のような各課程を履修し、F八六Fジェット戦闘機(以下「F八六F」という。)の操縦者としての資格を取得して、昭和四二年九月に実戦部隊である第四航空団第七飛行隊に配置されたものであって、F八六Fの操縦に関しては、一人前の操縦士として充分な技量を有しており、また、有視界飛行にあっては雲中に入ってはならないこと、やむを得ず雲中に入ったときは速やかに雲の上方から脱出すべきことは、いずれも航空機の操縦者にとってはきわめて初歩的な注意事項であり、紙西も、右各課程における教育訓練を受けるうちには充分にこれを知り、かつ、そのように行動する操縦技量を有していたものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、仮に、紙西に対し、学科として空中戦闘に関する教育訓練がなされるべきであったとしても、その中で、既に前記のような資格、技量を有する紙西に対し、改めて右のような初歩的な事項までを繰り返し注意すべきことを被告に期待することは困難と考えるべきであって、被告に右のような注意義務があったということはできない。また、抽象的に右のような事項について注意を与えたからといって、どれほど本件事故の発生を防止することができたかはきわめて疑わしい。

もっとも、本件事故において事故機が雲中に入ったのは、編隊長機との空中戦闘訓練において、編隊長機の追尾から逃げるための回避動作として横転急降下したことが一つの要因になっていると推測されるところ、《証拠省略》によると、横転急降下であろうと単純な急降下であろうと、F八六Fを用いた空中戦闘においては、意識的に高度を下げるような回避動作は不利な態勢をさらに不利にする可能性の大きい回避動作であって好ましいものではないとされていることが認められる。そうすると、紙西が、事前に学科として、空中戦闘においては右のような横転急降下が回避動作としては好ましいものではない旨教育されていたとすれば、紙西が横転急降下を行うこともなく、本件事故の原因となった雲中への突入も生じなかったものということができる。しかし、横転急降下が空中戦闘において好ましくないとされるのは、前記のとおり、不利な態勢をさらに不利にする可能性が大きいという理由によるものであって、下方の雲に突入する危険があるということに基づくものではない。そうだとすると、訓練の効果を上げるという観点からはともかくとして、紙西に対する安全配慮義務としては、被告が紙西に対し、事前にこのような注意をなすべきであるとすることはできない。

また、《証拠省略》によれば、紙西は、空中戦闘訓練自体は今回が最初ではなく、戦闘機操縦課程(F八六F)においても同様の訓練を受けており、今回の訓練は空中戦闘訓練としては最も初歩的な一機対一機の空中戦闘訓練であって、右課程で行った空中戦闘訓練の復習としての性格を有するものであることが認められることからみても、被告に、原告主張のような義務があったとまでは考えられない。

以上のとおりであって、被告が紙西に対し、空中戦闘に関する地上訓練をなすべき義務があったとは認められず、被告に右義務があったとする原告の主張は理由がない。

四  次に、被告が紙西に対し、飛行前ブリーフィングにおいて、雲中に突入することとなるような横転急降下は実施してはならないこと、雲中に突入した場合の措置、訓練を中止すべき場合、訓練空域における気象その他の注意事項を説明すべき義務(請求の原因3(二))があったか否かについて考える。

《証拠省略》によれば、編隊長笠原正男は、紙西に対し、本件事故が起きた空中戦闘訓練に先立って、一五分ないし二〇分程度の飛行前ブリーフィングを行ったこと、右ブリーフィングにおいては、どちらか一方の航空機が高度一万五〇〇〇フィート以下になったときには訓練は中止されるというような訓練を中止する場合については説明がなされたが、回避動作として横転急降下を実施してはならないこと、雲中に入ったときの措置とくに雲中に入ったときには雲の上方から脱出すべきこと、また、訓練空域の気象状況については特段の説明はなされなかったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかし、《証拠省略》によれば、紙西が第四航空団に配置されてから最初の空中戦闘訓練であったことが認められることを考えても、前記認定のような紙西の航空機操縦者としての経歴及び能力、さらには空中戦闘訓練の経験からすると、被告が紙西に対し、横転急降下を実施してはならないこと、雲中に入ったときには雲の上方から脱出すべきことを飛行前ブリーフィングで説明すべき義務があるとまでは考えられない。

また、訓練空域の気象状況は、重要な事項であるから、一般的には説明すべき事項と考えられるが、本件において編隊長がこれについて特に説明しなかったのは、《証拠省略》によれば、訓練空域の当時の気象状況が冬季としては通常の気象状況であって、訓練には何ら差し支えがないと判断したことによるものであると認められる。そして、当事者間に争いのない被告の主張1(二)の事実及び《証拠省略》によれば、訓練空域の気象状況については、高度約九〇〇〇フィート以下には雲があったが、それ以外には特に雲がなく、当該空域での空中視程は充分に確保されていたものと認められること、さらに紙西の航空機操縦者としての能力を考えると、必ずしも編隊長の右判断が不適切であったとまでは言い切れないし、右の点について説明しなかったために、紙西が気象状況の判断を誤るなどして事故機を雲中に突入させたものとも考えられない。従って、紙西に対し訓練空域の気象状況について説明しなかったことが、紙西に対する安全配慮義務違反になるとは認められない。

その他、紙西に対する飛行前ブリーフィングにおいて、被告が誤った説明をし、または必要な事項について説明を怠り、そのために本件事故の発生を招いたというような事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

よって、原告の右主張もまた理由がない。

五  編隊長が訓練空域の気象状況を調査せず、また、訓練中、事故機が雲中に突入する危険について注意を払わず、漫然と訓練を続行したとの主張(請求の原因3(三))について考える。

訓練空域の気象状況については、高度約九〇〇〇フィート以下に雲がある以外は特に雲はなく、当該空域の空中視程は充分確保されていたことは前記のとおりであり、紙西の操縦能力からみて、訓練の実施に支障があったものとは考えられない。《証拠省略》によれば、編隊長は、正確に雲頂の高度を調査したわけではないが、右のような気象状況からみて訓練に差し支えはないものと判断し、訓練を開始したものであることが認められ、編隊長の右判断が誤りであったとは認められない。また、訓練は有視界飛行で行うものとされていたから、雲中に入ることは予定されていないし、やむを得ず雲中に入ったときでも速やかに雲の上方から脱出すべきことは当然のこととされ、当時の気象状況からみてこのことは容易なことであったと考えられるから、訓練の可否を判断するにあたって、雲頂のみならず、雲底の高度をも調査しなければならないとまではいえない。

次に、事故機が雲中に突入する危険について注意を払わなかったとの点について考えるに、《証拠省略》によれば、本件事故の起きた空中戦闘訓練は最初高度三万四〇〇〇フィート付近で始められたが、訓練を続けるうちに次第に高度が下がり、事故機が雲中に突入するきっかけとなった横転急降下を実施したときには、事故機の高度はおよそ一万九〇〇〇フィート(但し、これは編隊長機からの目視により高度を推定しているため航空事故調査委員会では、事故機の高度を一万八〇〇〇フィートないし二万フィートとしている。)であったことが認められる。そうすると、原告の主張は、右の時点においては既に、事故機が高度約九〇〇〇フィート付近にあった雲に突入する危険が生じ、編隊長は、訓練を中止する等の措置をとるべきであったとする趣旨と解される。

しかし、雲中に突入することのないように機を操縦することは、航空機の操縦者としての初歩的な注意事項であることは前記のとおりであるし、事故機が一万九〇〇〇フィートから横転急降下を実施しても、紙西に雲中に入ることを回避する意思があれば充分にこれを回避できたとみられることは後記認定のとおりである。そうだとすると、その後事故機が、横転急降下の後、姿勢を回復できないまま雲中に突入したからといって、それだけで事故機が雲中に突入する危険がこの時点で既に生じ、かつ、これを予想できたものであるとは認められず、編隊長に訓練を中止するなど、事故機が雲中に突入しないようにするべき義務が生じたものとは解されない。

六  最後に、事故機が横転急降下を実施した際に、編隊長は、紙西に対し、雲に入ることのないよう注意を与えて、訓練の中止を指示し、また、事故機が雲中に突入した後は、機体を引き上げ、高度を下げないよう注意を与えるべき義務(請求の原因3(四))があったか否かについて考える。

《証拠省略》によれば、事故機が横転急降下を実施した際に、編隊長は、事故機を追尾しながら、紙西に対し「オーバーGに気をつけろ。」との注意を与えたが、右注意の趣旨は、紙西が横転急降下から機体を引き上げる際に、操縦桿を急激に引きすぎて機体や操縦者の耐えられる限度を超えた荷重(加速度)がかかることを防ぐ趣旨のものであること、一方、編隊長は紙西に対し、雲に入らないようにとの注意は与えておらず、訓練中止の指示もしていないこと、事故機が雲中に突入した後、編隊長は紙西に対し、三度「雲から出たか。」と問いかけたが、それ以上に紙西に対し、雲の上方から脱出するようにといった注意は与えなかったことがそれぞれ認められる。

そこで考えるに、《証拠省略》によると、事故機が横転急降下を実施した際、事故機の後方にいた編隊長機も、高度約二万三〇〇〇フィートから事故機を追尾して同様に横転急降下を実施し、ほぼ高度一万二〇〇〇フィートで機体を水平に回復したが、これは事故機を見守るために途中から操縦桿をゆるめているので、その意思があればもっと高い高度で機体を水平姿勢に回復できたこと、また、航空事故調査委員会でも、事故機の実施した横転急降下からの回復操作を再現したところ、F八六Fの最高連動性能をもって回復操作を行っておれば、高度差約七〇〇〇フィートで充分回復でき、紙西程度の操縦技能があれば充分このことは可能であったことが認められ、事故機が横転急降下を実施したときの高度が約一万九〇〇〇フィートであったことは前記のとおりであるから、紙西にその意思があれば、雲中に突入しないように回復操作をなすことが充分可能であったものと考えられる。従って、編隊長が、ある程度早い時期に、事故機が雲中に突入する危険を察知し、事故機に対しその旨注意を与えておれば、事故機が雲中に突入することもなく、本件事故も発生しなかったと認められる。

しかし、前記のとおり、有視界飛行においては雲に入ってはならないことは、航空機の操縦者にとっては初歩的な注意事項であって、紙西の操縦技能からみて、事故機を雲中に突入させないように操縦することは、基本的には紙西の判断と責任に委ねられているとみられるし、また、それが充分可能であったと考えられること、《証拠省略》によれば、本件事故のように訓練途中で航空機が雲中に突入し、そのまま地上に激突するような事故は前例がなく、空中戦闘訓練において、右のような注意を与えることの必要性について指摘されたようなこともなかったことが認められること、《証拠省略》によれば、編隊長が紙西に対し、雲に入らないようにとの注意を与えなかったのは、その直前まで事故機が雲中に突入するとは考えなかったためであると認められ、編隊長機から事故機の挙動ことに事故機と雲との距離を正確に把握することはそれほど容易なことではなく、必ずしも編隊長の右判断が不適切であったとは言い難いことを考えると、紙西が第四航空団配属後においては、最初の空中戦闘訓練であったことを考慮しても、事故機が横転急降下を実施した際に、編隊長が紙西に対し、雲に入らないようにとの注意を与えるべき注意義務があったとまでは認められない。訓練は、どちらか一方の航空機が高度一万五〇〇〇フィート以下になったときは中止されることとされていたことは前記のとおりであるが、《証拠省略》によれば、右訓練中止高度は、具体的に当日の気象状況をふまえ、雲に突入する危険を考慮して定められたというような性格のものではなく、一律に定められているものであって、高度一万五〇〇〇フィート以下を飛行してはならないとの趣旨までを含むものではないことが認められることからすると、事故機が右高度以下に下がり、また下がることが予期されたからといって、そのことから直ちに事故機が雲中に突入する危険が生じ、雲に入らないようにとの注意を与えるべき注意義務が生じたものとは認められない。また、編隊長が紙西に対し、「オーバーGに気をつけろ。」との注意がなされたことは前記のとおりであり、そのために紙西が必要な回復操作をすることを妨げられた可能性を考えることができないものではないが、右注意自体は、急激な回復操作によって機体の空中分解等の事故が発生することを防ぐ趣旨のものであって、雲に入らないことと同様又はそれ以上に重要な事項であり、右注意が事故機が雲中に突入した一因となっていたとしても、それだけでは、編隊長が紙西に対し、雲に入らないよう注意を与えるべき義務を肯定する根拠とはならないと考えるべきである。

なお、編隊長が紙西に対し、訓練中止の指示をしなかったとの点については、それ自体は、紙西が雲に入らないように回復操作をすることを妨げるものとは考えられない。仮に、紙西が訓練が続行中であると思い込み、編隊長機の追尾から逃れるため、自らの意思で事故機を雲中に突入させたのであるとすれば、それは明らかに重大な誤判断であって、編隊長に指示不適切の責任はないというべきである。

次に、事故機が雲中に突入してからの指示について考えるに、《証拠省略》によれば、事故機は徐々に姿勢を水平に回復しつつ、降下角三〇度ないし四五度で、かつ翼は水平に保ったまま雲中に突入したこと、事故機の右突入姿勢からみて、事故機が雲の上方から脱出することはきわめて容易であり(紙西が計器飛行能力を有していたことは、《証拠省略》から明らかである。)、編隊長もそのように考えてこれを見守ったことが認められる。そうだとすると、やむを得ず雲中に突入した場合、速やかに雲の上方から脱出すべきことは初歩的な注意事項であって、紙西も当然そのことは知っていたものとみられ、右のように、そのことが容易であったと認められる本件では、編隊長が紙西にその旨注意すべき義務があったとは認められない。また、《証拠省略》によれば、事故機が雲中に入った後は、編隊長機からは事故機の挙動は不明であるから、具体的な注意を与えることは不可能であることが認められる。

以上のとおりであって、編隊長の指示に不適切な点があったとする原告の主張は理由がない。

七  原告は、被告は、当裁判所が提出を命じた航空事故調査報告書を提出しないから、原告の主張が真実と認められるべきであると主張するが、原告が、同報告書に記載があると主張する事項は、いずれも具体的な事実の主張というよりは、当事者間にそれほど争いのない本件事故の具体的状況を前提として、被告の作為又は不作為が安全配慮義務違反となるか否かという評価的な事項に関する主張であって、被告が、右報告書を提出しないことによって、原告の立証活動が著しく阻害されたとも認められないから、原告の右主張は採用しない。

八  以上のとおりであって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 窪田正彦 山本恵三)

<以下省略>

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